高森太郎の日記。

高森太郎の日記です。

ある無知なコンビニ店員の話。 - 今日のゴッゴル


「おっはようございます」
 真夜中23時でも、挨拶はおはよう。そんなコンビニでバイトして3週間目。
「おう!」
 と、パンの多なの向こうから顔を出した店長も、仕事には厳しいがいい人で、長く続けていけそうだ、と思い始めている。
 バックヤードでユニフォームに着替え、出勤登録を行う。念入りに手を洗って、消毒をして、伝え事項などが記載されている日報を読む。最近からあげが良く売れているとか、そういう内容、特になにがあるわけでもなく……。そこに、見慣れない文字が飛び込んできた。
『本日ゴッゴルの日』
 ご、ゴッゴル

「はぁ? ゴッゴルって何って、ゴッゴルゴッゴルだろ?」
 笑っているのか、あくびしているのかわからない顔で、私服に着替えた店長は言う「じゃあ、おさきに失礼するよ、じゃあ、ゴッゴルもやっといてくれよ」
 有無を言わせず出て行こうとする、
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、ご、ゴッゴルって本当にわかりません、ちょっと」
「な、なんだよ、大きな声出して」店長は、怪訝そうに、そして諭すように「いや、だから、お前がずっとやってきたゴッゴルと、べつに代わったことがあるわけじゃなくってだな、」と、そこで、店長の胸ポケットから、ぶ、ぶ、ぶ、と音が響き、店長は形態をとりだすと、小さく何事かいい、
「いつものようにやればいいんだよ、じゃあな、あとは頼んだぞ」
「ま、まってください!」
 店長は、耳に携帯電話を当て、そして軽やかな足取りで、車に乗っていってしまった。


 深夜の店内。工業地帯で、夜は車すらめったに通らない道。むやみに明るい白い灯りと、一人の店内と、安い音楽と。
ゴッゴルってなんだ……?」
 わからない。胸に得体の知れない不安が広がるのを感じる。

 飛びついてみたマニュアルには、ただ一文、「丁寧にやりましょう」とだけ書かれているだけ。説明するほどのことではないのか……。

 しかし、時は過ぎる。いつまでもマニュアルばかりひっくり返しているわけには行かず、床を磨く機械を出してきて、磨く。そして、冷蔵庫の中に入って、ドリンクを整理する、昼間に搬入されたままになっている商品を、あるべき棚へと移す……、カチカチと時間は過ぎていく。
 パリン
「あ〜、やっちゃった……」
 床に散らばったカラス片を見て、ため息をつく……ゴッゴルってなんだ……。
 仕事に身が入らない。あたまに染み付いて抜けない言葉。ゴッゴルゴッゴルをする……。
 ガラスをすべて片づけ終え、ふと顔を上げると、そこには、大型の長距離トラックが、駐車場に入ってくるところだった。

 反射的に顔を作り、気持ちを落ち着けて、「いらっしゃいませ〜、こんばんわ〜」とカウンターのなかで挨拶をする。「おう」と、声を出す彼は、いつもこの時間にここにやってくるお客様だった。
 たくさん品物のつまったかごを持ってきて、無言でカウンターに置く。そして、もくもくとレジに通す。
「3412円になります、はい、カードをお預かりします」スキャナーに通し「カードをお返しします。少々お待ちください」
 レジには問い合わせ中の文字。ふと顔を上げると、いつも疲れたような、しかし人のよさそうなやせた顔がそこにはある。そして、意を決して聞く
「あの……突然すみません、当たり前のことみたいなんですけど、あのゴッゴルって、なんですか?」
「ご! ゴッゴル」すると、普段は温厚である運転手は、急に顔色をかえ「いや、お、俺はゴッゴルなんてしらん、しらんです」
「え、いや、あの、そんなことは無くて、あの、お恥ずかしい話なんですけれど、店長からゴッゴルをやっておけと言われたんですが、ゴッゴルというのがわからなくて……」
「いや、ご、ゴッゴルなんてしらん、しらんぞゴッゴルなんて」
 男は、ひったくるように品物を取ると、逃げるように走っていった。

 ……ゴッゴルって何だ。呆然と運転手を見送った後、すぐに、事務所においてあるかばんから、携帯電話を取り出し、そして指が知る番号に電話する。ところどころに、品物の入ったコンテナが置かれている。しかし、もうそんなことは同でも良かった。ゴッゴルゴッゴルとはいったいなんなんだ。


「あ、お、おれだけど」
「なに………」
 眠そうな女の声。そのすこしハスキーな声を聞いて、すこし気分が落ち着く。
「やだ、もぉ……まだ夜中じゃない……なあに」
「わ、悪いな、こんな時間に電話して、今、バイト先からかけてるんだけど」
「え……もしかして、私の声を聞きたくなった、とかぁ?」くすくす、と笑う。
「い、いや、そうじゃないんだけさ、あの、あのさ、ゴッゴル、ってなにかしってる」
「や、やだ、やあ〜だぁ〜」もう、と厚い唇が悩ましい息を出すのがわかった「いきなり電話してきたら、そんなこと……もぉ……えっちね」
 エッチ!?
「だめよ、アルバイトの途中でそんなこと考えちゃ……私まで変な気持ちになっちゃうじゃない……ゴッゴルだなんて……いいわ、終わったら私がゆっくり相手になってあ、げ、る、だからがんばりなさい、勤労少年っ」
「ちょ、ちょっとまってくれよ、まてよ…………切れた」
 むなしく画面を見つめる。


 来店ベルが鳴る。反射的に入り口をみると、そこには警察官が。見回りか?にしては少し時間が早い。僕は動揺している胸を落ち着かせて、顔をつくると、「おつかれさまです〜」と声を上げた。
 あ、いつもの警官じゃない。
「おい、さっきここに来た運転手から聞いたんだが、貴様、ゴッゴルをやっているらしいな」
「は? ハイ? ゴッゴル?」
「そうだ、ゴッゴルだ、ゴッゴルだ、」
「いや、あ、あの」
 いったいゴッゴルってなんなんだ、頭の中がぐらぐらする。鋭い警官の目線がある。
「い、いやだなぁ、ご、ゴッゴルなんてしりませんよ」
 するととたんににかり、と警官は表情をかえ
「そうだよな! ゴッゴルなんてこんなところでやるやちゃいないよな! そうだな、あの男もなにかおびえているようだったしな、いや、じゃまして悪かった!」
「い、いえ、別に、大丈夫です、おつかれさまです」
 警官は、ゆっくりとこちらに背を向ける。そして、外に出て行こうとする。
 かかわらないようがいい、そう叫ぶ心の声。しかし、衝動をとめることはできなかった。
「ところで、あの、ゴッゴルって……なんですか?」
 ゆらり、と警官が振り向く。そこには、ぺたり、と張られたような笑顔。
「やっぱりお前か……ふふふ、お前がゴッゴルを」
 笑いをこらえるような声。警官の手にはいつのまにか銃が。
ゴッゴルをやっているものには、発砲が許可されている」
 さも、それが愉快なことのように、ゆっくりと顔をゆがめる。ぱこん、と、警官の持っている銃から、なにかが落ちる。そして、ゆっくりと、黒いものがこちらを向けられ、
「うわ、うわ、や、やめて、な、なんだんだよ、くそ!」
 パン、はじけるような銃声、気が付いたら警官は血を流し足元に倒れていた、そして、俺の手には警官が握っていた拳銃。
 ぴんぽん、のんきな音を立ててなる来客ベル。顔を上げる。そこには男が
「う、うわあああああ」
「ま、まてよ、待ってくれよ、まて、こ、これは違うんだ、違うんだよ、なぁ、待てよ! ゴッゴルって! ゴッゴルってなんなんだだよ! 答えろよ! まてよ! 待ってくれ!」

****

 透明な壁の向こうでスーツ姿の男は、ふぅ、とため息をついた。
「だいたいわかりました。そうですね」
 拘置所の接見室。目の前に座る男……弁護士。
「ぼ、僕は、な、なにもわかっていなくて、それで」
「わかりました。ゴッゴルはなにだかしらなかった、そして身を守った、正当防衛と……しかし、これは難しいですね……」
「は、はい……」
 じりじり、と、ひざの上で掌に爪をめり込ませる。
「時間ですね」
 弁護士は、席を立ち、外へ出ようと
「あの! すみません、あの、……ご、ゴッゴルってなんですか? さ、裁かれるにしたって、こ、これじゃわからない、いったい、いったいゴッゴルってなんなんですか、なんなんですか!」
「知りたいですか?」
「……はい、し、知りたいです」
「……ゴッゴルというのは……」
 そのとき、ボン、と大きな音を立てて、壁面が崩れた、そしてそこには、ガスマスクをつけた男が。そして……右肩に輝く星条旗。そして手に取った自動小銃を向け

「Is ゴッゴル you?」(ゴッゴルというのは、貴様か)